約束
彼が今なんとなく思ったことは、約束をしたことがあったかな、ということだ。
ソファでひとり寝ている親友をみつけて、そのまま休日だからと彼を起こさずに、つけっぱなしにされていたテレビを眺めていた。テレビに流れているのは古いラブロマンスであり、主役の男女が交わした約束が軸となるストーリーだ。それを見ながら自分と親友のことを考えた。ふたりには決まりごとはたくさんあった。電気をつけたら消すとか、シーツの種類や新聞はどちらがポストからとってくるのかなどのささいなことからお互いの好みのことまで。
一緒に暮らしているのだからそういうものは自然と生まれるものだ。
しかし、それらは約束ではない。なぜ約束ではないと認識するのか疑問に思ったが、テレビを眺めていれば答えは得られた。そして、自分たちに約束ごとがないことに納得がいき、失笑した。テレビ画面上で見つめあうヒーローとヒロインの瞳は輝き、未来を言葉にし将来の話をしている。
将来など自分たちにはない。確かにギャングでも花屋でも、誰だって2秒先には死ぬかもしれないことは間違いないが、そんなやつらより自分たちはつねに死の間際にいる。暗殺者であるふたりにとっては、毎日自分から地獄に走っているようなものだった。仕事中はもちろん、仕事外であったって頭のおかしい奴との接触は多いし、ヘマなんかをするわけがないが誰かに現場を見られている可能性はゼロじゃない。殺したやつの身内が報復に来たり、悪人だからとかを理由にクソみたいな正義感で殺しにかかってくるような奴もいるだろう。
くだらないし、殺されない自信はある。けれど明日死なない確率はどれほどなのか。
いずれこうなりたいとか、10年後や20年後はどうなっているのか、なんてことは考える意味がないことだ。ましてふたりで一緒にどうこうなりたいなんて甘い話はありえない。重要なことは見えない未来への期待ではなく、今日の仕事を遂行することだ。アジトを出て殺しに行き、この家へ帰ってふたりで食事を取ることだ。明日どうなるかわからないくせに未来の取り決めを行うなどあり得ないことだった。
だが彼は自分の心を理解していた。話の筋などまったく追えてもいないし興味もないが、「眺め続けている」のはなぜだ?
「約束」だ。
ソファでいびきをかいて寝ている親友と、ふたりの約束がほしいのだ。この男ほど気の合う人間にも、気持ちのいい人間にも会ったことはない。彼と仕事を始めてから何かを間違えたことも失敗もない。リゾットが必ず自分でやる仕事だって確実にできる。ソルベとなら、ビルの屋上から飛び降りても歩ける。そういう自信がジェラートにはあった。ソルベとなら、これから任務で殺しに行くという時にふたりで家に帰って食事をするのが想像できる。明日があると思える。
人殺しを続ける暗殺者に明日は見えない。チームの立場は最悪だしボスからの信頼は最低だ。だがソルベという親友を持つジェラートは明日を考えることができる。明日があるならば、信頼があるならば、約束をしてもいいじゃあないか。
ソファの上の親友はきっと日が沈むころに目を覚ますだろう。彼が目覚めれば食事を取り、夜が明ければふたりで仕事に出るだろう。その先は分からないが、「その先」が来るまでに親友と「その先」の話をしよう。ふたりで約束をしよう、内容は何でもいい。理解してからの決定は早かった。自然と今笑っていることが分かった。「将来」を想像し「期待」して笑っているのだ。
テレビ画面はエンディングが流れ、ソファの上からはいびきが聞こえる。彼が今なんとなく思ったことは、飯はどこで食おうかな、ということだ。
もどる